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言われたって何か納得いかない。理不尽だという思いはつきまとうわけです。ですから、後からゴタゴタ、していくわけで、それをまた一方的におさえこもうとするので不信感はいっそうつのっていく。
最初に決める時に、ここにしたいんだけど、いかがかしら、って現場の意見を聞いて、それは国家のためにはこう必要なんだ、なぜ必要なのかという説明を惜しまないでして、次にどうしても、必要ならば、それは嫌だけれども引き受けなくちゃいけない、ってなった後は、その対価をどう払うか、どういうふうに保障するか、を話し合う。「なぜ」っていう説明をちゃんとやって現場の意見を聞いて、皆がその決定に参画したという、そういう気持ちを得ることによって、対立の構造にならないと思うんですね。
ですから、多くの人をインボルブする、関係者を加えて、そして決定するということが、今まで国家っていう名前の下でやられていなかったことが、大きな問題だと思います。成田空港がよい例です。一方的に自分の土地に、これ滑走路だからね、って言われて、そんなの誰だって怒ります。説明と説得というコミュニケーションの手間を惜しんで、権力ふりかざして、っていうようなことをやってる限りは、国家の決定と現場は対立します。なぜ必要なのか、だから協力してほしいと接点を探る努力をいとわなければ現場と、国家の決定というのは、整合性が保てるのではないかと思います。

 

川島
大道寺さん、国家的なプロジェクト、ずっといくつかあったのはですね、やっぱり青森県民の意志であった部分もあるでしょうし、ただし、その手続き的にいろいろな問題があったのじゃないか、というような問題もあるわけですが…。これまでのプロジェクトと、今さっき違った面で新幹線の問題をお出しになったわけですけれども、そこらあたりの、これまでの国と地方との、決定のあり方についてですね、何かございましたら。

 

大道寺
その点について、私は申し上げたいことが大変あります。というのは、先ほど岩崎先生がおっしゃったことに結論的には尽きますが、全て日本国においては、これは地方と国との関係だけじゃありません。国自体がその国民的な大事なことについて、国民的議論が行なわれないというところに全ての原因があるみたいな感じがする。
例えば今の核燃3セットのような問題があります。大体、青森県は貧乏で、今から昭和42、3年ですか、むつ小川原によって工業立国を目指して、他の県のように工業労働者を増やして豊かになろうという発想は、当時としては決して間違ってなかったと思います。
それがまあ、高度成長が以外と早く石油ショックで終わってしま

 

 

 

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